八月一日、その日出先だった僕はその訃報を父の電話で知ることになりました。作詞家、阿久悠先生死去と。ちょうど先日僕が出演させて頂いたNHKの番組内でコメンテーターとしてご意見を頂いたばかりで、これで僕もようやく先生の人物名鑑に登録されたかな、と舞い上がっていたさなかの出来事でした。
僕の23年間の人生において、特に歌を聴き始めたここ10年間においての阿久さんの歌の存在は云うまでもありません。歌が直接人生に左右したというよりは、阿久さんの書物を通して作詞やものづくりのプロセスを知ったことにより、人間という生き物の面白さ、人間の可能性、日本という国の素晴らしさに気付くことが出来ました。これはこれからも続く僕の人生の中で、なによりの財産として生き続けることでしょう。
阿久さんは言っておられました。「歌は時代を餌にして肥え太っていくものだ」と。餌が落ちていない現代では歌は痩せていくばかりなのでしょうか。。日本には阿久悠がいる!という強みはもうありません。‘昭和の後継ぎ’を阿久さんが期待されていたのかはわかりませんが、昭和の末っ子として僕が何か引き渡せるバトンを持っているとしたならば、それが一体何なのかをこれからも模索していきたいと思います。
善い歌と、善い時間をありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします。
『さらば涙と言おう』 森田健作(1971)
作曲 鈴木邦彦 編曲 鈴木邦彦
一、さよならは誰に言う
さよならは悲しみに
雨の降る日を待って
さらば涙と言おう
頬をぬらす涙は 誰にも見せない
こらえきれぬ時には 小雨に流そう
さみしさも悲しさも
いくたびか出逢うだろう
だけどそんな時でも
さらば涙と言おう
二、青春の勲章は
くじけない心だと
知った今日であるなら
さらば涙と言おう
まぶたはらす涙も こぼしちゃいけない
こらえきれぬ時には まつげにためよう
恋のため愛のため
まっすぐに生きるため
泣けることもあるけど
さらば涙と言おう
はじめまして。
半田さんのことは「555」の頃から存じ上げていたのですが、先日放送されたNHKの「通」を見てこちらにお邪魔しました。
半田さんの音楽を愛する気持ちと、音楽を多角的、論理的に分析される姿に感嘆いたしました。
その矢先の訃報に衝撃を受けた者の一人です。
良いものは音楽に限らず後世に伝え続けるべきだと思います。これからも、阿久さんの残していかれた財産を、当時を知らない私たちにも教えていただければと思います。
投稿情報: JOE | 2007年8 月 3日 (金) 15:08
素晴らしい宝を残し
素晴らしい人が逝く
それは悲しいことではなく
僕達子供は誇らしくさえ思おう
そして半田さん、あなたも素晴らしい!
投稿情報: シオタニリセット | 2007年8 月 3日 (金) 22:13
はじめまして。
私も『通』を拝見し、その直後の阿久悠氏の訃報に衝撃を受けた一人です。
阿久氏が番組内で見せられた笑顔が、
強く心に焼き付いています。
半田さんと言う、歌謡曲を未来へ伝える人物の存在をご覧になって、
深く安堵されたのだと感じました。
あの時、確かに氏が手にしていたバトンは
半田さんに、我々に受け継がれていった…
勝手な想像ではありますが、今はそう思われてなりません。
阿久氏の御冥福をお祈りし、
半田さんのこれからの更なるご活躍を期待いたします。
投稿情報: ミウラ | 2007年8 月 4日 (土) 00:02
はじめまして。NAVEと申します。私は幸運にも音楽に身近に接することの出来る仕事に就き、様々なジャンルの音楽に触れることが出来ています。素晴らしいものは素晴らしいと、素直に感じる事が出来るようにもなりました。伝えていくという事は本当に大事な事なんだなと、痛感しています。
名曲の数々、責任を持って伝えていかねばと、身の引き締まる思いです。
半田さんの「熱さ」は、とても心地よいです。伝わってきます。私も今の仕事を続けるにあたって、「熱さ」を持ち続けて、真摯に現場に臨んでいきます。
こらからも沢山の人に、熱く伝えて頂ければと思っています。もちろん一ファンとして、半田さんの更なるご活躍をお祈りしております。
投稿情報: NAVE | 2007年8 月11日 (土) 09:55
こんばんわ。メールさせていただきました。阿久先生の曲はいい曲ばかりですね。本当に名曲ばかり。こんなにも沢山あったんだな~と思いしらされました。音楽は勇気をくれるものだと思っています。私は、今日携帯を変えたのですが、音楽がすべて消えてしまいました。携帯にもやっぱ音楽が無いと寂しいですよね!音楽は心を和ませてくれます。音楽はいいですね。
失恋したり、悲しいことがあったりした時音楽で癒されるんだろ~な~などと考えてる27歳です・・
半田さんのご活躍九州は佐賀から、楽しみにしています。
投稿情報: アキコ | 2007年8 月15日 (水) 21:21
おじゃまします~。ずっと気になっていた『ビルを熱く語る人』をたぐり寄せたら、このページにたどり着きました。
『通』の再放送、すごく嬉しいです。昭和でできたワタシの身体は、知らずに阿久音楽に満たされまくっていました。ビバ!歌謡曲。名曲は永遠です。
半田パワー恐るべし!半田さんの動向からは目が離せません。
投稿情報: 花形GT | 2007年9 月 1日 (土) 00:34
私は昭和のうたは、今のうた違って…なんだか真っ正面から伝わってくる、温かみを感じる気がします。平成生まれの私が偉く言える事ではないですがね…(/_\;)
でも、高校生の私たちでさえ…自然とピンクレディの曲等を口ずさんだりしちゃうくらいなのです。本当に素晴らしい人なんだと実感し……悲しく思えます。
分かりにくい文で、
ごめんなさい(;´`)
投稿情報: 美麗 | 2007年9 月 1日 (土) 21:37
こんばんは。
私は中学2年生ですが、昭和の歌謡曲に興味を持っています。
半田さんが、テレビを通して歌謡曲の素晴らしさを伝えてくれたからでしょうか。
とても半田さんの影響が大きいのは確かです。
「歌謡曲が好きなのに、年齢は関係ない。」と思います。私も親と一緒に歌謡曲を楽しんでいるので。
なにより新しい流行の曲よりも、歌謡曲に安らぎを感じます。
でもクラスメートからは、笑われてしまうのがとても悔しいですが・・・。
これからも歌謡曲の素晴らしさを熱く語っていってください。応援しています。
投稿情報: 彩乃 | 2007年9 月 6日 (木) 22:13
初めまして。先日、NHK「通/歌謡曲」の再放送を拝見しました。
実は半田さんのお名前を存知上げず、昨日の読売新聞のエッセイのコーナーを読んで、お名前がわかり、こちらにお邪魔しました。
NHK「通/歌謡曲」の最後で、「歌謡曲を好きで居られれば、この先もとても幸せで居られると思う・・」というような内容のお言葉をおっしゃっていたと思いますが(詳細、違っていると思います。すみません)、とても感動しました。
私も音楽が好きで、「この音楽が好きでいられたら大丈夫だと思う」と思えるアーティストがいるので、とても共感を覚えました。
そして、いろんなジャンルも聴きますし、音楽の力に助けられているな、と、いつも思います。
私も、自分が生まれた1970年代の曲にすごく惹かれてしまいます。
とても落ち着くし、すごくカッコよく感じるのです。
なんで昔の曲ばかり好きになるんだろうと思っていたのですが、半田さんの熱い気持ちを見て、それでもいいんだな、と思えました。
あ、オーケストラの音を分析している姿、すごかったです!もう一回、再放送ないでしょうか・・
これからもご活躍お祈りしています。がんばってください。
投稿情報: akiko♪eru | 2007年9 月 8日 (土) 16:20
半田さんのブログ、今日初めて拝見しました。
遡ってコメント失礼致します。
阿久悠さんが、亡くなられて、70年代を愛する者として、非常に残念でならなかったし、喪失感を覚えてしまいました。
今年は、自分が尊敬していた著名人の方々が他界されてしまい、正直、平成に生きがいを感じなくなりました。
けど、半田さんの、昭和を後に伝えていくにはと、前向きに考えている文章を読んで、何か、一条の光を感じました。
ありがとう!
阿久さんは亡くなられてしまったけど、半田さんの存在は、我々70年代を愛する者には大きな希望です!応援します!
投稿情報: 真由美 | 2007年10 月27日 (土) 09:44
ネットサーフィン中に偶然辿り着いた感じなのですが。難しいことはわかりません。
只、阿久悠さんの曲が永遠に残りますようにと・・どこか同じ匂いのする曲が今の時代に引き継がれていきますようにと願っています。これからの時代を作っていかれる方が少しでも同じ思じように感じておられることを嬉しく思いました。応援しております。
投稿情報: ataru | 2008年2 月10日 (日) 20:28
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投稿情報: vkxdc walhzcb | 2008年6 月 9日 (月) 07:23
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投稿情報: veukgiwln jnyxlfh | 2008年6 月 9日 (月) 07:32
自分は子供の頃から昭和40年代歌謡曲ファンの30歳です。半田さんの歌謡曲に対する思いをテレビなどで拝見させていただきとても嬉しくなってしまいました。特に音へのこだわりに大感動です!!
是非とも「半田健人とニューブリード」みたいにビックバンドを結成してもらって当時の譜面とアレンジで当時の音を忠実に再現!指揮、解説は半田さん…みたいなマニアックな懐メロ歌謡番組やってもらいたいです!!
これからも半田さんを応援させていただきます!
投稿情報: Y | 2008年8 月 3日 (日) 16:55
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
テレビをつけて裁縫していたら偶然放送されていて、半田さんの歌謡曲の解説を伺い、こんな風に表現されるのは聞いたことがない、と引き込まれて手を止めました。
阿久さんが半田さんの解説にコメントされた中で「やるな若僧」とおっしゃったのが印象的で、その後すぐに訃報を知り、昭和歌謡を語る時、そのコメントは半田さんにバトンタッチされたのでは、という思いが残りました。
一年経ち、今も時々半田さんをお見受けすると、私より10もお若いのに、落ち着いて大人なご様子の半田さんに、心の中で拍手を贈っております。
誰にでも懐かしく蘇る思い出と、その当時流れていた歌謡曲の記憶がありますね。この曲にはこんな背景があると、またワクワクさせてくれるような半田さんの解説を、何かの場面で伺えるのを楽しみにしております。
投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 20:21
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
テレビをつけて裁縫していたら偶然放送されていて、半田さんの歌謡曲の解説を伺い、こんな風に表現されるのは聞いたことがない、と引き込まれて手を止めました。
阿久さんが半田さんの解説にコメントされた中で「やるな若僧」とおっしゃったのが印象的で、その後すぐに訃報を知り、昭和歌謡を語る時、そのコメントは半田さんにバトンタッチされたのでは、という思いが残りました。
一年経ち、今も時々半田さんをお見受けすると、私より10もお若いのに、落ち着いて大人なご様子の半田さんに、心の中で拍手を贈っております。
誰にでも懐かしく蘇る思い出と、その当時流れていた歌謡曲の記憶がありますね。この曲にはこんな背景があると、またワクワクさせてくれるような半田さんの解説を、何かの場面で伺えるのを楽しみにしております。
投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 20:22
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
テレビをつけて裁縫していたら偶然放送されていて、半田さんの歌謡曲の解説を伺い、こんな風に表現されるのは聞いたことがない、と引き込まれて手を止めました。
阿久さんが半田さんの解説にコメントされた中で「やるな若僧」とおっしゃったのが印象的で、その後すぐに訃報を知り、昭和歌謡を語る時、そのコメントは半田さんにバトンタッチされたのでは、という思いが残りました。
一年経ち、今も時々半田さんをお見受けすると、私より10もお若いのに、落ち着いて大人なご様子の半田さんに、心の中で拍手を贈っております。
誰にでも懐かしく蘇る思い出と、その当時流れていた歌謡曲の記憶がありますね。この曲にはこんな背景があると、またワクワクさせてくれるような半田さんの解説を、何かの場面で伺えるのを楽しみにしております。
投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 20:24
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
テレビをつけて裁縫していたら偶然放送されていて、半田さんの歌謡曲の解説を伺い、こんな風に表現されるのは聞いたことがない、と引き込まれて手を止めました。
阿久さんが半田さんの解説にコメントされた中で「やるな若僧」とおっしゃったのが印象的で、その後すぐに訃報を知り、昭和歌謡を語る時、そのコメントは半田さんにバトンタッチされたのでは、という思いが残りました。
一年経ち、今も時々半田さんをお見受けすると、私より10もお若いのに、落ち着いて大人なご様子の半田さんに、心の中で拍手を贈っております。
誰にでも懐かしく蘇る思い出と、その当時流れていた歌謡曲の記憶がありますね。この曲にはこんな背景があると、またワクワクさせてくれるような半田さんの解説を、何かの場面で伺えるのを楽しみにしております。
投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 20:25
半田健人様
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2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
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投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 20:31
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
テレビをつけて裁縫していたら偶然放送されていて、半田さんの歌謡曲の解説を伺い、こんな風に表現されるのは聞いたことがない、と引き込まれて手を止めました。
阿久さんが半田さんの解説にコメントされた中で「やるな若僧」とおっしゃったのが印象的で、その後すぐに訃報を知り、昭和歌謡を語る時、そのコメントは半田さんにバトンタッチされたのでは、という思いが残りました。
一年経ち、今も時々半田さんをお見受けすると、私より10もお若いのに、落ち着いて大人なご様子の半田さんに、心の中で拍手を贈っております。
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投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 20:37
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
テレビをつけて裁縫していたら偶然放送されていて、半田さんの歌謡曲の解説を伺い、こんな風に表現されるのは聞いたことがない、と引き込まれて手を止めました。
阿久さんが半田さんの解説にコメントされた中で「やるな若僧」とおっしゃったのが印象的で、その後すぐに訃報を知り、昭和歌謡を語る時、そのコメントは半田さんにバトンタッチされたのでは、という思いが残りました。
一年経ち、今も時々半田さんをお見受けすると、私より10もお若いのに、落ち着いて大人なご様子の半田さんに、心の中で拍手を贈っております。
誰にでも懐かしく蘇る思い出と、その当時流れていた歌謡曲の記憶がありますね。この曲にはこんな背景があると、またワクワクさせてくれるような半田さんの解説を、何かの場面で伺えるのを楽しみにしております。
投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 20:38
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
テレビをつけて裁縫していたら偶然放送されていて、半田さんの歌謡曲の解説を伺い、こんな風に表現されるのは聞いたことがない、と引き込まれて手を止めました。
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投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 20:51
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
テレビをつけて裁縫していたら偶然放送されていて、半田さんの歌謡曲の解説を伺い、こんな風に表現されるのは聞いたことがない、と引き込まれて手を止めました。
阿久さんが半田さんの解説にコメントされた中で「やるな若僧」とおっしゃったのが印象的で、その後すぐに訃報を知り、昭和歌謡を語る時、そのコメントは半田さんにバトンタッチされたのでは、という思いが残りました。
一年経ち、今も時々半田さんをお見受けすると、私より10もお若いのに、落ち着いて大人なご様子の半田さんに、心の中で拍手を贈っております。
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投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 21:32
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
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投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 21:33
半田健人様
一年以上も前の事なのに、今になっての投稿を失礼致します。
2007年7月28日の阿久悠さんとのご出演、拝見しました。
テレビをつけて裁縫していたら偶然放送されていて、半田さんの歌謡曲の解説を伺い、こんな風に表現されるのは聞いたことがない、と引き込まれて手を止めました。
阿久さんが半田さんの解説にコメントされた中で「やるな若僧」とおっしゃったのが印象的で、その後すぐに訃報を知り、昭和歌謡を語る時、そのコメントは半田さんにバトンタッチされたのでは、という思いが残りました。
一年経ち、今も時々半田さんをお見受けすると、私より10もお若いのに、落ち着いて大人なご様子の半田さんに、心の中で拍手を贈っております。
誰にでも懐かしく蘇る思い出と、その当時流れていた歌謡曲の記憶がありますね。この曲にはこんな背景があると、またワクワクさせてくれるような半田さんの解説を、何かの場面で伺えるのを楽しみにしております。
投稿情報: spr | 2008年8 月17日 (日) 21:34